お金や豊かさへの憧れ

昭和24年、チック・ヤング作のブロンディに出てくるアメリカは、真っ白い大型の冷蔵庫を開けると野菜や果物、ジュースにミルク、大きな肉の塊が見え、とにかく冷蔵庫の中は美味しそうな食料品でいっぱいでした。それは戦後の食糧難過ぎ去りぬお金や物資に不自由していた日本人にとってショッキングな光景でした。当時は木製の氷冷蔵庫すら満足に普及しておらず、冷たくして食べるものといったら、氷屋から一貫目の氷を買い物カゴに入れるか、わら縄でしばって運ぶことが必要でした。あるいは井戸水に浸して冷やすしかありませんでした。そのような生活だったために、ブロンディ家のキッチンとの格差は実に大きかったのです。ブロンディのカールしたヘアスタイルは、アメリカ中流階級のお金を持っている幸福感に満ちており、配給制度下でお金のない日本人にとっては豊かな国アメリカを深く印象づけました。このマンガは週刊朝日の好評連載を受けて、この年の元旦号の朝日新聞でも始まり大人気となりました。この年の女性のヘアスタイルはショートカットが流行しました。また、前年に発足した日本デザイナーズクラブは、日劇の踊子をモデルとして第一回のファッションショーを開きました。このような文化的側面ですこしずつ明るさが出てきたものの、インフレは相変わらずで、その抑止策として吉田内閣はドッジ・ラインと呼ばれる税制や、1ドルあたり360円固定制を中心とした金融政策を採用しました。結果的には産業労働者の大量首きりとなり、大きな社会問題となりますが、夏から秋にかけて起きた三大事件は、こうした混乱と不安の社会構造そのものが表面化したものといえます。三大事件とは3万7000人の解雇通告直後の7月6日、下山定則国鉄総裁が轢死体で発見された下山事件、7月15日に無人電車が暴走して死者6名を出した三鷹事件、8月17日に列車転覆で乗員3名が死亡した松川事件でした。ドッジ・ラインによる年間解雇者は50万人をこしたと言われ、社会不安の大きな要因となりました。コメディアンの内海突破のギョギョギョのギョッや、伴淳三郎のアジャパーなどといった意味不明のギャグがウケたのは混迷期の副産物ともいえます。

田舎暮らし

お金と田舎暮らし

田舎暮らしがブームのようです。北海道庁が行なった首都圏に住む50代から60代のお金に余裕のある人対象とした調査によると、北海道に住んでみたい、あるいは一時的に住まいを持ってみたいという回答者が約5割で、季節限定であれば住んでみたいという回答を会わせると8割の人が北海道への移住に関心を持っているそうです。そして、一方の南の代表・沖縄では2000年より移住ブームかせ巻き起こり、転入超過県となっています。小さな島では移住者が原住民を上回る現象も起きているほどです。しかし、移住する場所をイメージだけで決めるのは考えものです。田舎にはその土地でのセオリーやマナーがつきものです。冠婚葬祭が独自のものであったり、住まいにしても自分のライフスタイルに合わない家の間取りが一般的だったりします。田舎暮らしはお金がかからないイメージがありますが、自動車が移動手段であるために思わぬお金や家計の負担となることもあります。子供が小さい場合は育児を考慮しなければなりません。健康や生活習慣病を害している場合は医療機関の有無を確認する必要もあります。何をしたいのかを明確にし、お金を含めて自分のライフスタイルに合わせて選ぶ必要があります。そして現地に実際に足を運び、じっくりと思案しましょう。

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